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最高裁判所第二小法廷 昭和45年(あ)846号 決定

主文

本件各上告を棄却する。

理由

一被告人神脇隼男の弁護人隅田勝巳の上告趣意について

所論のうち判例違反をいう点は、所論引用の各判例は、いずれも本件と事案を異にし、適切ではないから、論旨は、前提を欠き、その余は、単なる法令違反、事実誤認の主張であつて、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

なお、所論にかんがみ、職権により調査するに、原判決が「判断の前提となる事実関係(一)」(編者注 末尾「参考一」参照)として判示する本件事故現場およびその付近の状況(別紙図面参照)に徴すれば、被告人島本勇運転の本件車両(以下、被告人島本車という。)のように五条通を東進して来て右折し、大黒町通を南進しようとして、いまだ五条通の中央緑地帯の切れ目(別紙図面(一)、(二)、(三)、(四)、(五)、(六)、(一)の各点を順次に結ぶ線で囲まれた部分)にある車両、および大黒町通を北から南へ進行しようとして五条通の中央緑地帯の右の切れ目にある車両(以下、これらをあわせて南進車という。)は、同所の道路状況上おのずから、被告人神脇運転の本件車両(以下、被告人神脇車という。)のように五条通を西進する車両(以下、西進車という。)の進行を妨げないようにして通行しているのが常態であると認められ、また、道路における危険防止と交通の安全、円滑を図ろうとする道路交通法の目的(同法一条参照)に照らし、かかる通行の方法を誤りとして改めるべき合理的な理由も存しない。それゆえ、原判決のように五条通と大黒町通とが交差する部分全体(別紙図面イ、ロ、ハ、ニ、ホ、ヘ、ト、チ、リ、ヌ、イの各点を順次結ぶ線で囲まれた部分。ただし、中央緑地帯にあたる部分を除く。)を一個の交差点と解するにしても、本件現場の特殊な道路状況にかんがみ、南進車と西進車との関係については、南進車の立場から見て、交通整理の行なわれていない交差点に入ろうとする場合においてその通行している道路の幅員よりもこれと交差する道路の幅員が明らかに広いものであるときに準じ、南進車は西進車の進行を妨げてはならないものと解するのが相当であり(昭和四六年法律第九八号による改正前の道路交通法三六条三項参照。なお、同改正後の同法三六条二項参照)、したがつて、本件において、被告人島本車は被告人神脇車の進行を妨げてはならなかつたものである。これに反して、原判決が道路交通法三七条二項により被告人神脇車は被告人島本車の進行を妨げてはならなかつたものと解した点は、道路交通法の解釈を誤つたものといわなければならない。

しかし、右のとおり被告人島本車は被告人神脇車の進行を妨げてはならなかつたものであるとしても、原判決が認定した被告人神脇の車両運転の状況に徴すれば、同被告人には、被告人島本車の動静に意を用い、減速徐行する等適宜の措置を講じ、事故の発生を未然すべき業務上の注意義務があるのに、これを怠つた過失が存するとした原判断の結論は正当と考えられ、かつ、本件事案の内容、被告人神脇に対する原審の宣告刑、それと被告人島本に対する第一審の宣告刑との比較等、諸般の事情を考慮すれば、いまだ原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものと認めるには至らない。

二被告人島本勇の弁護人三木今二の上告趣意について

所論のうち判例違反をいう点は、所論引用の各判例は、いずれも本件と事案を異にし、適切ではないから、論旨は、前提を欠き、その余は、単なる法令違反、事実誤認の主張であつて、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

よつて、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。(村上朝一 色川幸太郎 岡原昌男 小川信雄)

〈弁護人の各上告趣意省略〉

(参考一)二審判決が判示する「判断の前提となる事実関係(一)」

「本件事故現場は、東西に通じる五条通(国道八・九号線)と南北に通じる京都市道大黒町通が、北方大黒町通に南方大黒町通とがわずかにずれた形で、交差する十字路であつて、これを図示すれば、別紙図面のとおりである(図面省略)。さらにこれを詳説すると、五条通は、南北両側に約4.85メートルないし約6.1メートル幅の歩道が設けられていて、その間に後記中央緑地帯をはさんで幅員各約一四メートルの舗装された東行車道および西行車道に分離され、かつ、各車道についてはそれぞれ歩道寄りから道路交通法施行令一〇条一項三号丙表所定の通行区分により第一、第二、第三、第四各通行帯が等間隔に区分され、各車道とも車両の最高速度は時速五〇キロメートルに制限されている。そして、両車道を分離する部分には幅員約一〇メートルの中央緑地帯が設けられているが、右緑地帯は大黒町通と交差する部分において切れ目が作られ、その切れ目の東西の最短距離は約14.4メートルである。また、右緑地帯は、高さ約一五センチメートルの縁石によつて囲まれた細長い小判型であるが、その敷地内には、当時高さ約六〇センチメートルの半球型に刈込まれた葉の密生する常緑樹が南北二列に互い違いに植栽されている。他方、大黒町通は南方の幅員が約3.95メートル、北方の幅員が約4.8メートルであつて、かつ、舗装されているが、歩車道の区別がなく、車両の通行は南行一方通行に規制され、その最高速度は時速四〇キロメートルに制限されている。なお本件交差点では、当時、交通整理は行なわれておらず、また、五条通には横断歩道の標示も、横断禁止の標示標識もなかつた。」

(参考二)二審判決が認定した被告人神脇の「罪となるべき事実」

「被告人神脇は、自動車運転の業務に従事する者であるが、昭和四二年二月二八日午後三時二〇分頃、自動二輪車を運転して京都市東山区内の五条通(同通は中央緑地帯をはさんで北側は東行車道、南側は西行車道に区分され、それぞれ歩道寄りから順次第一ないし第四の通行帯が設けられている。)の西行車道第二通行帯を時速約四〇キロメートルで西進し、同区大和大路西入る石垣町四二番地先の交通整理の行なわれていない大黒町通との交差点にさしかかつた際、同交差点内にある中央緑地帯切れ目の南端付近に車首をほぼ南に向けた島本勇運転の小型四輪貨物自動車を右斜め約30.25メートル先に認めたが、同車がほとんど停止しているように見えたので、自車の通過を待つてくれているものと思い、そのまま西進を続けるうち、ほどなく同車が微速ながらも南進していることに気づき、また、そのころ同交差点の東南端付近(西行車道の第一通行帯上)に佇立している通行人の姿を認めた。このような場合、右西行車道から同交差点に入ろうとする自動車運転者としては、既に同交差点内にあつて自車の進路に向い南進しつつある相手車の動静に意を用い、事態の変化に応じてなんどきでも停車できるよう減速徐行する等適宜の措置を講じ、事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのに、被告人神脇は、これを怠り、漫然右島本車より先に同交差点を通過できるものと軽信し、ハンドルをやや左に切つただけで同一速度で運転を継続した過失により、右通行人の手前約6.4メートルの地点に至つて、加速南進して来た島本車が既に自車の右斜め前方約9.5メートルの第二通行帯上にあるのを知り同車との衝突の危険を感じ、急停車の措置をとるとともに同車と右通行人との間を通過すべく、さらにやや左にハンドルを切つたが及ばず、右佇立していた通行人大槻実に自車前部を衝突させてその場に転倒させ、よつて、同人に頭部外傷三型、脳底骨折等の傷害を負わせ、同人をして同傷害により、同年三月三日午後七時二〇分頃同市東山区大和大路通正面下る大和病院で死亡させたものである。」

(参考三)一審判決が認定した被告人島本の「罪となるべき事実」

「被告人両名は、それぞれ自動車の運転を業としているものであるが、第一 被告人神脇は(省略)、第二 被告人島本は、同年二月二八日午後三時二〇分頃、小型四輪貨物自動車を運転して同市東山区五条通を東進し、前記大黒町通との交差点を右折して大黒町通を南進するため、約五キロメートル毎時で右折しはじめ、同交差点の中央線を南方に超え五条通西行車道に進入しようとしたが、このような場合に、およそ自動車の運転者としては、五条通の東方を注視して西進する車両の早期発見につとめ、その距離、動静等に応じて、最徐行または停車する等適宜の措置を講じ、これらとの衝突等の事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるにもかかわらず、これを怠たり、不注意にも、数台の西進車両をやり過ごしたあと、後続する車両の有無を十分確めないまま約一〇キロメートル毎時で南進した過失により、おりから、五条通西行車道の第二通行帯を約四〇キロメール毎時で西進してきた神脇隼男運転の自動二輪車を、東方約22.10メートルに接近するまで気がつかず、これを認めてからも、自車が同交差点をさきに通過しうるものと軽信し、約二〇キロメートル毎時に加速して通過しようとしたため、西行直進しようとした神脇に、更に左方に転把させるなど把手の操作を誤らせた結果、前示第一のように、同人運転の自動二輪車を大槻実に衝突させ、よつて同人を死亡させたものである。」

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